診察室から
私は、患者さんの涙を見ると、ほっとします。自分の押さえていた感情をやっと表現できたと感じるからです。では、一般的な診察風景を紹介しましょう。
まず、あいさつとして「今年は寒さが長引きますね。調子はいかがですか」と季節や天候のことを話しかけます。つぎに、「よく眠れていますか」「食欲はどうですか」と話を進めます。つぎに、本題に入って、「どんなことに悩んで、受診されたのでしょうか」と訊ねると、しばらく沈黙。張りつめた緊張の場面で、突然、大粒の涙が流れてきました。自分の辛い体験を語り始めると、涙がとめどもなく流れ、私はそっとティッシュ・ペーパーを1-2枚あげ、「これまで語れなかったことをここでは自由に思うがままに表現されてよいですよ」と。今まで、こころの奥に抑えていた(感情抑制)その蓋が外れて、時間が過ぎていきます。
当初、うつむき加減で、視線を合わせることができなかった患者さんの表情が、次第に自然な感情表現へと変わり、視線が少し上向きに変化しました。私もつられ泣きすることもあり、こういう日々の連続で、夕方には、ゴミ箱が満杯となっています。
私は、その光景を見て、ほっとするんです。緊張がほぐれて、自分の悲しみを涙で表現できたからです。涙で、こころはきれいになっていきます。辛い時、泣きましょうね。誰でも、1つか2つか悲しいことを抱えて生活しているんです。「よかったですね、今日は、自分の気持ちを表現できて・・・」
夕方、看護師さんが、ゴミ箱の掃除にきます。「先生、また泣かせてしまいましたね」「今日は、私も泣いたから、ゴミが多いかもしれません。よろしく」年を取ると、脳の老化が進んでいますから、こころの抑制ができず、妙に涙もろくなってきているようです。また、義理とか人情とかを再び、大切にしないといけない時代が訪れてきている感じもします。(2026年1月26日 佐藤 武)
